「現実逃避でもいい」トロントで挑戦する理容師・Seefu hair 渡辺博さん

カナダ・オンタリオ州 トロント
日本から多くの直行便も発着し12時間で到着する大都市には数々の高層ビルが立ち並び、人口の半分以上が移民と言われるカナダの都市。世界で初めて多文化主義を政策に掲げたトロントでは “モザイク文化” という言葉で、様々な国籍の人が暮らす街ということが表現されている。
今回ご紹介するのはその大都会・トロントのSeefu hair spadainaで日本人理容師として働く渡辺 博(ワタナベ ヒロシ)さん。

イメージこんな感じです
(サロンで働いている写真もしくは顔が写っている上半身アップの写真)
日本人理容師としてのキャリアを持ちながらも現地の美容室で働くことになった経緯と、カナダでの理容師・美容師のあり方をご紹介します。
自分の人生の選択を初めてしたのが“理容師”になることだった
千葉県船橋市生まれ。
八百屋を経営する両親と、兄と妹の5人家族で育った博さん。進学やそれまでのことはほとんど親の敷いてくれた道を歩み、今まで自分の人生の選択をして来なかったという。
そんな博さんが初めて選択したのが “理容師になる” ということだった。
『やりたいことも特になくただ何となく大学に進学しようとしていた時に、親に言われたんです。
“手に職つければどう?”
と。兄が理容師をしていたこともあり、兄の同僚にもすごく可愛がってもらっていたので、理容師の道を選ぶことにしました。』

左:若かりし頃の博さん
専門学校に進学した後、都内に6店舗構える大手の理容室に就職。
内3店舗に勤務し、最後の3年間は約80年間の歴史ある本店にて店長を務めていた。
男子寮もある理容室での勤務は実に過酷なものだった。後輩の指導や、休みの日も講習に出かけたりの生活。
店長として働く傍ら、どこか人間らしい生活ができず窮屈になっていったという。
一言で言うと「現実逃避」それでも環境を変えたかった。
そんな博さんがトロントへ行くことに決めたのは29歳の時。
日本を出ることに決めたのは
“現実逃避”
よくある言葉を使ってでも生活環境を変えたかった。そして旅行ではなく海外に長期で滞在してみたいと思った。
世界的にバーバーブームが来ていたこともあり、今だと思い渡航先を考えることに。
今まで一度も訪れたことのないカナダ。そしてトロントに行き先を決めたのは、妹さんがきっかけだった。
以前バンクーバーでワーホリ生活を送っていたという妹さんに勧められたのがトロントという街。
後に博さんが夢中になる街との出会いだった。
長年働いていた職場を退職し、2016年5月、トロントへ。
学生の頃は英語に興味がなく、勉強もしていなかった。さらに社会に出てから自分の時間はほとんどなかったため、語学力はゼロの状態での渡航だった。
「英語が話せないのに雇えない」突き返された30通以上の履歴書
トロントに渡った博さんだったが大きな壁が2つ訪れることとなった。
まずは職場探し。用意したレジュメ(履歴書)を現地の理容室に30件以上は歩き渡したという。
『連絡がもらえたのは2件くらいでした。“英語も話せないのに雇えない”って門前払いでしたね。』
まず最初に訪れた壁は“語学力”だった。
そしてまずは語学力をつけるために現地で語学学校に通うことに。
トータル5ヶ月通った学校でできた友人のツテで、現在も働いている美容室に勤務することになる。
ここで博さんに再び訪れた壁が、
“理容師が美容室で働く”
ということ。
『業務内容が理容室とはもちろん違いました。日本の理容室に勤務していた時には女性のお客様はほとんどいなかったので。
男性の場合は切り口が形にすぐ出ますが、女性の場合は長さがある分、髪が落ちる位置を考えてのカットになるので完全に壁にぶちあたりました。』
女性のカットを一から勉強した。もちろんロングヘアーのカラーも経験が浅かったため、周りのスタッフの協力を得ながら取得していった。
博さんが現在担当するお客さんは男性と女性の割合は50%
国籍はアジア人、カナディアン、その他旅行客など様々だという。
日本人がいいという外国籍のお客様からの指名もあるそう。
理容師が美容室で働くという壁を超えながら、海外で働くことで初めて気づいたことがあった。
『ある日気づいたんですよね。
俺、洗脳されてたなって。
外の世界を知らなすぎました。
すごいブラックなところで働いてたんだなって。』
理容師の世界は伝統や年功序列を重んじるため、自分のいる世界がおかしいことに気づかなかった。
海外で働くということに魅力を感じながらもワーホリビザの滞在期間が終わり、日本へ帰国することに。
全く話せなかった英語は、カナディアンの友達と遊びに出かけてもても楽しめるほどに成長していた。
再び戻りたいと思う街、トロントの魅力
日本に帰国後、博さんの目標は日本で理容室を出すことだった。
不動産屋を巡り、資金を貯め動きまわっていたが、なかなかいい物件に出会えなかった。
『たぶん、今じゃない。
出店するタイミングじゃないんだなと思いました。』
再び日本で雇用され働き続けることに違和感を感じ始め、雇われるならトロントに戻りたいと思い始める。
自分の気持ちは本物なのかを確認しに、就職活動も兼ねてもう一度トロントへ。
確信した後は早かった。
ワーホリ中に働いていたサロンからワークビザを発行してもらえることになり、3ヶ月後には再びトロントでの生活が始まった。
そこまで戻りたいと思う街・トロントの魅力とは一体何なんのか?
『トロントには色んな人種・色んな人がいるのでとにかく毎日が新鮮です。
街を歩けば色んなアーティストに出会うことができて、音楽やアート、たくさんのものに触れて生活することができる。
もうトロントが好きすぎて他の国に旅行に行こうと思わないくらいですね!!』
と語る博さん。寒い冬も、街全体が盛り上がるスポーツの文化も大好きだそう。
練習漬けだった毎日とは違い、今では休みの日には趣味のDJ活動に時間を使っている。
ライセンスまで取得し、仲間とストリートパフォーマンスに向けて練習している。
Seefu hair Spadaina店で働いて思うこと
そんな博さんに、Seefu hair で働いた感想を質問してみた。
『比べる対象が前のお店になってしまうのですが、Seefu hairの良いところはやる気があれば歓迎してくれるお店というところです。アシスタントはヘアサロン勤務未経験の人もいますし、スタイリストも経験が浅い子でも雇ってくれます。
逆を言えば、ただ働いて給料が欲しいという人には向いていません。
練習が必要な人には、営業中に練習時間を設けて教えます。二週間に一度のペースで練習会もあるので、みんな何かしらの技術の向上に取り組んでいます。
だから僕も、いまだに育ててもらえてます。』
外国のサロンでは日本と違い営業時間中にレッスンができるという。海外の方が日本よりも早くスタイリストデビューできるというこはこういうところも深く関わっているのだろう。
『忙しくて営業時間をはみ出してしまうことも結構あります。日本以外では基本、勤務時間しか働かないという考えの人が大多数です。
20時closeなら、20時ににお店の鍵を閉めてSee you tomorrowとなるのが普通です。
でもSeefu hair では、そうはしません。19時半までにお客さんが入ってくればご案内しますし、来なければ片付けという感じです。
だからこそ、お店に人気と信用があるのかなとも思います。』
Seefu hairのオーナーさんは日本が大好きとのこと。日本の働く姿勢を美徳としていたり、日本の営業形態を取り入れつつ、こちらのスタイルも残しつつの営業の仕方は、博さん自身いいバランスが取れていると感じている。
さらに聞きにくいお給料のことについても質問してみた。
『給与面で言えば、すごく良いとまでは言えないですが、相場以上は必ずもらえます。
スタイリストは最低給与が時給換算です。それ以上になってくると売り上げの歩合制で給与が支払われるので、頑張れば頑張った分、給料面の数字も良くなりますし、それと同様にチップも良くなります。
アシスタントは時給+チップですね。
トロントのヘアサロンはこういうシステムが普通です。日本みたいにサービス残業はないし、まず、固定給の概念があまりないので、働いていて気持ち的なマンネリがないのが仕事へのやる気にも繋がるのかな。なんて思います。』
やればやった分だけ評価に繋がる。
日本の美容業界が海外に追いつくにはまだまだ時間がかかりそうだ。
夢は『拠点をトロントに持つこと』自由に生きれる街でサロン出店に向けて
現在32歳の博さんに、近い将来はどんな自分になっていたいか質問してみた。
『35歳で自分のお店を持ちたいですね!!海外で働きたいと思っている人をトロントと日本で繋ぐお店を作りたい。
あとはバーバーで新たなムーブメントを起こしたいです。』
博さんの答えは、3年前門前払いされたこの街でサロンを出店したいということだった。
『美容師に限らず、海外に興味を持ったなら必ず自分で行ってみるべき。価値観が変わるって本当だから。』
次はPRビザ(カナダ人と同じ権利が与えられる永住権ビザ)の取得にトライし、サロン出店へと進みたいと話す博さん。
“現実逃避” というものは時にここまで人の人生を変えることができるのだ。
【プロフィール】
渡辺 博 (ワタナベ ヒロシ)
カナダ・トロント Seefu hair Spadaina スタイリスト
1986年、12月生まれ。AB型の左利き。
一人で海外に出て、親、友達から離れ、言葉の壁にぶち当たり、社会を知り、一度丸裸にされたこの街トロント。
その上で全部、自分の判断で生きていけるこの環境にめちゃくちゃ感謝しています。
好きな事にも時間を割き、rapperであり、veganでもあり、色んなことを自分の身体を使って実験して、その変化を楽しんでます。今が一番元気に過ごせてます。今はこの街が僕の彼女です。笑
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( Interviewer : Naomi Kuwabara )